あれから半年

あの日のことを思い出してみる。


その日は横浜にある会社でいつものようにパソコンを打ってた。今日が終われば明日は休みだ!なんて特別浮かれてたわけじゃないが、とにかくいつもの平和な金曜日だった。*1
僕が揺れに気付いたのは、周りが、なんか揺れてない?と言い始めてからだった。僕は地震に鈍感なんです。
そのうちおさまるだろと僕はあまり気に留めなかったが、10秒くらいしても揺れはおさまらず、それどころかそのうち無視できないほどに揺れが激しくなってきた。
やがてフロア全体をかきまわすまでに揺れは強まり、いろいろなことが起きた。書類はバサバサと床に散らばり、机の引き出しが開け放たれ、固定されてないものは棚だろうがコピー機だろうが元の位置から動いた。やがて停電が起きた。空気は騒然とし、机の下にもぐる人もいた。僕はただ立ち尽くして、机をおさえる無駄な抵抗をした。足が震えていた。同僚の「これサーバー落ちるんじゃね?」「それどころじゃないだろ!」という漫才みたいなやり取りが少なからず僕の心の助けになっていた気がする。
やがて揺れがおさまった。フロアは、台風が通り過ぎた後のようになっていた。まだ興奮と恐怖が冷めやらぬ空気の中、外に出るようにと指示が下り、みんなしてどやどやと駆け下りた。壁の下に白い粉が下りているのが怖かった。
外に出ると、まずは会社にいるであろう嫁さんに電話した。当然つながらない。ともかく、家族と嫁さんにメールをした。何度やっても電話はつながらないので、ワンセグを見ることにした。これが失敗だった。だがとにかく、東北のほうで巨大地震が起き、津波の被害もあることが分かった。
フロアに戻ったりもしたが、まだ余震があり、ここにいないほうがいいという判断が下された。地震発生から30分ほどして帰宅命令が下りた。
電車は走っていないだろう。歩いて帰るしかないだろう。でも線路沿いに歩いてたら電車が復旧した時に乗れるかな。いろいろ考えながら、歩き始めた。仲間が欲しかったが、つかまらなかった。
いつもはこんなに人がいないであろう道にも人が大勢いた。その中に会社の同僚がいないかと探したが見つからなかった。嫁さんから、無事だと言うメールが来たが、電話は相変わらずつながらない。すでに携帯のバッテリーが残りわずかになっている。慣れないワンセグを見たせいだ。
1つ目の駅に到着したが、駅のシャッターが閉まり、まったく動く気配を見せていない。公衆電話に行列ができていた。ここにいても仕方ないので歩きだした。
とにかく線路沿いを歩いた。踏切から数10m先で電車が止まっている。遮断機が下りっぱなしで警報が鳴りやまない踏切をパトカーが監視している。車が通らないように見張っているのだ。途中にトンネルがあり(線路沿いを歩くにあたってそこが僕の懸案事項だった)、そこを通れたらどんなにいいかと考えたが、しかし何が起きるかわからないので仕方なく迂回した。
線路から離れるのは嫌だったが、しかし人通りの多い道路に出た。少々気分が和らいだ。途中にあったサークルKサンクスが、躁病のような活気にあふれてて驚いた。店内も散らかっている様子はなかった。途中にニトリもあって、中を覗いてみたが特に何かが壊れている様子はなかった。こんな近くでも揺れの度合いが違うのか?
2つ目の駅に着いた。いつも通り過ぎるだけで一度も降りたことがない駅だ。やっぱりシャッターが下りてる。鯛焼き屋さんがあったのか。嫁さん鯛焼き好きだから、今度買って帰ろうかな。
音楽とか聴きながら気分を紛らす。ずっと大通りを歩いてきたが、そろそろ線路が恋しくなったので線路を目指す。えらく歩いた。こんなに逸れてたのか。
大きな駅に着いたが、電車に乗れないのは一緒。
こっからが大変だった。次の駅に行く道が見つからんのだ。3〜40分はうろうろして、無駄な体力を使ってしまった。見つけた道もけもの道みたいで恐ろしかった。誰か同じように歩いてる人がいないかと思ったらいないし。次の駅の光が見えてきた時は泣きそうに嬉しかった。この駅は乗り換え駅でもある。ここで前半戦が終了って感じだ。もう日が暮れようとしている。相変わらず電車は動きそうにない。
ここからは一気に歩いた。日が暮れて電気もつかない町では、車の照明くらいしか明かりがない。携帯ももう死んでしまった。嫁さんは不安がっていることだろう。もはや人の多さだけが心の慰めだ。歩きに歩いて、やがて見なれた町の風景が見えてきた時の安心感といったらそれはなかった。驚いたことに電気が通っているらしい。僕は家に駆け戻って、携帯を充電器にさしながら嫁さんに電話した。嫁さんは、同僚の方と一緒に歩いて家を目指しているらしい。本当にうれしかった。
こういう非常時はやはり人間も野生化するのか。いつもは出不精な僕が、何も考えずに飯を食いに外に出た。僕はとにかくたくさん食べられそうだという理由だけでやよい軒に行った。そしたら嫁さんからメールが来て、今同僚の方とやよい軒に入ったと連絡があり、驚いた。夫婦はすごいねと言われたそうだ。こんなときでもいつもと同じようにおいしいご飯を提供してくれたやよい軒に感謝。
やがて嫁さんと再会した。これから先、どうなるのかわからなかったが、しかし今はどうでもよかった。


改めて教訓:
・携帯の充電器は持っておこう
・おやつは持っておこう
・財布は忘れるな

*1:2016年3月11日追記。そういえば今思い出したが、この日は同期会が予定されてた日で、今日は定時で上がって明日ちょっとだけ出勤しようと考えていたんだった。つまり全然いつもの金曜日じゃなかった。あ、おーい5年前の俺とその俺を振り返っている4年半前の俺ー!俺んちには今かわいいかわいい男の子がいるぞー!